『塔の上のラプンツェル』の英語タイトルは、Tangled(タングルド)です。「ラプンツェル」という単語はどこにも入っていません。
日本語のタイトルと英語のタイトルを並べてみると、「塔」も「上」も「ラプンツェル」も、英題には一文字も残っていないことが分かります。ディズニー作品の多くは『アナと雪の女王=Frozen』のように「邦題と原題が違う」程度ですが、この作品はそもそも翻訳という関係が成立していないという、かなり珍しいケースなのです。
しかも Tangled は、中学・高校の英語ではまず出てこない単語です。「聞いたことはあるけれど意味は言えない」という方が多いのではないでしょうか。
この記事では、tangle / tangled という英単語そのものの意味と使い方から、原題が Rapunzel にならなかった理由(制作側の実際の発言つき)、日本だけ原題を使わなかった背景の考察、続編・TVシリーズの英題、そしてDisney+の各国版で確認できた世界各国のタイトルまで、確認できた一次情報をもとに整理しました。
なお、Disney+に加入すれば、この作品を日本のアカウントのまま英語音声・英語字幕で視聴できます。原題の意味を知ってから英語版を見返すと、邦題だけでは見えなかった作品の設計が立ち上がってきますよ。
Contents
- 1 塔の上のラプンツェルの英語タイトルは「Tangled」|まずは結論
- 2 英単語 tangle / tangled の意味を辞書で確認する
- 3 なぜ原題は「Rapunzel」ではなく「Tangled」になったのか
- 4 邦題「塔の上のラプンツェル」はなぜ原題を使わなかったのか
- 5 Rapunzel という名前の由来は「野菜」だった
- 6 続編・シリーズの英語タイトル一覧
- 7 世界各国のタイトル|Disney+で確認できた範囲
- 8 劇中歌の英語タイトルも邦題と別物
- 9 Disney+なら日本のアカウントのまま英語音声・英語字幕で見られる
- 10 英語タイトルを入り口にした英語学習法
- 11 塔の上のラプンツェルの英語タイトルに関するよくある質問
- 12 まとめ|Tangled と『塔の上のラプンツェル』が指しているもの
塔の上のラプンツェルの英語タイトルは「Tangled」|まずは結論
結論から言うと、英語の正式タイトルは Tangled のひと言です。副題も接続語もありません。日本語の『塔の上のラプンツェル』とは、文字の上でも意味の上でも一切重なっていません。
原題と邦題の対応表
まずは基本の対応関係を整理しておきます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 英語タイトル(原題) | Tangled |
| 日本語タイトル(邦題) | 塔の上のラプンツェル |
| 直訳するなら | 「もつれた」「絡まった」 |
| 原題の指すもの | 髪/物語/人物関係/感情の「もつれ」 |
| 邦題の指すもの | ヒロインの名前と、彼女が置かれた場所 |
| 米国公開 | 2010年11月24日 |
| 日本公開 | 2011年3月12日 |
英語の綴りは T-a-n-g-l-e-d の7文字。ディズニー公式の英語表記としてはこれが唯一の形で、Tangled: Rapunzel のような副題つきの形は使われていません。英語圏では、この映画は最初から最後まで「Tangled」という一語で呼ばれているわけです。
Disney+のURLに残る「tangled」という原題
この「二重の題名」は、意外なところに痕跡を残しています。日本版Disney+の作品ページのアドレスは /ja-jp/movies/tangled/ から始まっていて、画面に表示されるタイトルは「塔の上のラプンツェル」なのに、URLには原題の tangled がそのまま入っています。
さらに、日本のディズニー公式サイトの作品ページも disney.co.jp/fc/tangled というアドレスです。日本語で運用されているページなのに、内部的な識別子は一貫して tangled。表向きの看板は邦題、システム上の本名は原題という住み分けになっているわけですね。
英語タイトルを調べたいとき、この「URLに原題が残っている」性質はけっこう役に立ちます。ディズニー作品なら公式サイトやDisney+のアドレスを見るだけで、原題のあたりが付くことが多いんです。
作品の基本データと受賞歴
『塔の上のラプンツェル』は、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの長編第50作にあたる記念作品で、ディズニーとしては初のフルCGによるプリンセス映画です。監督はバイロン・ハワード(Byron Howard)とネイサン・グレノ(Nathan Greno)、製作総指揮にジョン・ラセターとグレン・キーン、脚本はダン・フォーゲルマン、音楽はアラン・メンケンという布陣でした。
英語版の主要キャストは、ラプンツェル役がマンディ・ムーア(Mandy Moore)、フリン・ライダー/ユージーン・フィッツハーバート役がザッカリー・レヴィ(Zachary Levi)、ゴーテル役がドナ・マーフィ(Donna Murphy)。日本語吹替版ではラプンツェルを中川翔子さん(歌唱は小此木麻里さん)が演じています。
興行成績は全世界で5億9,000万ドル超。日本でも興行収入25億円を超えるヒットとなりました。劇中歌「輝く未来(I See the Light)」はアカデミー賞歌曲賞にノミネートされています。たった7文字の英題の裏側には、ディズニー長編50作目という節目の重みがあるわけです。
英単語 tangle / tangled の意味を辞書で確認する
ここからが本題です。tangled は日本語話者にとって馴染みの薄い単語なので、辞書の記述をもとにきちんと押さえておきましょう。
動詞 tangle の中核イメージは「複雑に絡み合わせる」
tangle はもともと動詞です。Merriam-Webster は他動詞の第一義を to unite or knit together in intricate confusion(複雑に混乱した状態で結び合わせる)と定義しています。続く語義は「to involve so as to hamper, obstruct, or embarrass(巻き込んで動きを妨げる・困らせる)」「to seize and hold in or as if in a snare : entrap(罠にかけるように捕らえる)」。
つまり tangle には、単に「絡まる」だけでなく「絡まって身動きが取れなくなる」というニュアンスまで含まれているのです。この点は覚えておくと理解が一段深くなります。
自動詞としては「to become entangled(絡まった状態になる)」のほか、Merriam-Webster は「to interact in a contentious or conflicting way(もめる形でやり合う)」という語義も載せています。物理的な絡まりから、人間同士のいざこざまで。この幅の広さが tangle という語の面白いところです。
語源はというと、Merriam-Webster によれば中英語の tanglen, tagilen で、おそらく entanglen が短くなった形。初出は14世紀とされています。entangle のほうが先にあって、頭が落ちて tangle になったという順序なんですね。
形容詞 tangled は「絡まった」と「込み入った」の二階建て
タイトルに使われている tangled は、動詞 tangle の過去分詞が形容詞化したものです。Oxford Advanced Learner's Dictionary は、この形容詞に 2つの語義を立てています。
- ①twisted together in an untidy way(乱雑に絡み合っている)
tangled hair(もつれた髪)Her hair was a tangled mass of damp curls.(彼女の髪は湿ったカールがもつれた塊だった)They had to fight their way through the tangled undergrowth.(絡み合った下草をかき分けて進まなければならなかった)- ②complicated, and not easy to understand(複雑で、理解しにくい)
tangled financial affairs(込み入った財務事情)Diplomacy can be such a tangled web.(外交とはかくも入り組んだ網なのだ)He spent the next few days wrestling with very tangled emotions.(彼はその後数日、ひどくもつれた感情と格闘して過ごした)The series involves the tangled relationships of two London families.(そのシリーズはロンドンの2家族の複雑な関係を描いている)
ここが最重要ポイントです。tangled は「髪がもつれている」という物理的な意味だけの単語ではありません。「人間関係や感情や事情が込み入っている」という比喩的な意味を、辞書レベルで正式に持っています。
日本語で「Tangled=もつれた」とだけ覚えていると、②の意味がすっぽり抜け落ちます。そして後で見るように、この②こそが監督がタイトルに込めた意味なのです。
get tangled up in 〜|辞書のコロケーション欄が裏づける形
実際の英会話でいちばんよく出会う形が、get tangled up in 〜 です。Oxford Advanced Learner's Dictionary のコロケーション欄には、tangled と結びつく語として動詞 be / become / get、副詞 hopelessly / all / up、前置詞 in が並んでいます。つまり get tangled up in 〜 は、辞書が正式に認めている定番の組み合わせなのです。
意味は大きく2通りに分かれます。
- 物理的に「〜に絡まる」
My legs got hopelessly tangled in the rope.(脚がロープにどうしようもなく絡まってしまった)The cable got tangled up in the chair legs.(ケーブルが椅子の脚に絡まった)- 比喩的に「〜に巻き込まれる・深入りする」
Don't get tangled up in their argument.(あの人たちの言い争いに巻き込まれないで)He got tangled up in a complicated legal dispute.(彼は複雑な法的紛争に巻き込まれた)
up は「すっかり」という完了のニュアンスを足す働きです。tangled in でも通じますが、tangled up in にすると「もう抜け出せないくらい絡まっている」感じが強まります。ラプンツェルとフリンの関係も、まさに They get tangled up in each other's lives. と言える展開ですよね。
tangle with 〜 は「〜とやり合う・揉める」
もうひとつ押さえておきたいのが tangle with 〜 です。Longman Dictionary of Contemporary English はこの句を「to argue or fight with someone(誰かと言い争う・戦う)」と定義し、例文として It was not an animal you'd care to tangle with.(進んでやり合いたいと思うような動物ではなかった)を挙げています。
You don't want to tangle with him.(あの人とはやり合わないほうがいい)The company tangled with the regulators over the new rule.(その会社は新ルールをめぐって規制当局と揉めた)
「絡まる」→「絡み合う」→「もつれる」→「揉める」と意味が伸びていったと考えると、腑に落ちやすいと思います。日本語の「こじれる」に近い感覚ですね。
名詞の tangle と a tangle of 〜
tangle は名詞としても使われます。Merriam-Webster は「a matted, twisted mass : snarl(もつれた塊)」「a complicated or confused state or condition(複雑・混乱した状態)」「a serious altercation : dispute(深刻な口論)」を挙げています。
いちばん使いやすいのが a tangle of 〜(〜のもつれ、〜が入り乱れたもの)という形です。
a tangle of wires(配線のごちゃごちゃ)a tangle of bushes and branches(茂みと枝が絡み合ったところ)a whole tangle of emotions(ぐちゃぐちゃに入り混じった感情)Her hair was full of tangles after being out in the wind.(風に当たったあと、髪はもつれだらけだった)
最後の例文のように、tangles と複数形にすると「髪のもつれ(毛玉)」そのものを指せます。ヘアケア用品のパッケージで detangler(もつれをほどくもの)という語を見かけたことがある方もいるかもしれません。
untangle / entangle / disentangle|tangle 一族の整理
tangle は接頭辞がつくと意味が変わります。まとめて覚えてしまうのが効率的です。
| 語 | 意味 | 例 |
|---|---|---|
tangle | 絡まる/絡ませる | My hair tangles easily. |
tangled | 絡まった/込み入った(形容詞) | tangled hair / tangled emotions |
entangle | 巻き込む・からめとる(tangleより堅い) | be entangled in a scandal |
untangle | もつれをほどく・解きほぐす | untangle the headphones |
disentangle | 引き離して解きほぐす(untangleより堅い) | disentangle fact from fiction |
detangle | (髪などの)もつれをとる | a detangling spray |
rectangle / triangle | 長方形/三角形(angle 系で語源は別) | 混同注意 |
untangle と disentangle はどちらも「ほどく」ですが、disentangle のほうがもつれ合っていたものを分離するというニュアンスが強く、抽象的な文脈で好まれます。untangle は物理的なもつれにも比喩にも使える万能型です。
なお、末尾に -angle が付いているからといって triangle(三角形)と親戚というわけではありません。こちらは angle(角)由来の別系統なので、語源としては無関係です。綴りが似ていても語族が違うという、英語学習でよくある落とし穴ですね。
「タングルド」と実際の発音のズレ
日本語では『タングルド』とカタカナ表記されることがありますが、実際の音とはかなり距離があります。発音記号は /ˈtæŋɡld/。
ポイントは3つです。
- 強勢は第1音節(タン)にあり、後ろは弱く添えるだけ。
aは日本語の「ア」ではなく /æ/(「エ」の口で「ア」を出す音)。- 語尾の
-ledは /ld/ で、「ドゥ」と母音を足さない。
つまり「タ・ン・グ・ル・ド」と5拍で読むと英語としてはかなり遠い音になります。実際には「タングルド」というより「タぁングld」のような、2拍に近い塊です。作品タイトルを英語で言う機会があるときは、後半を潰す意識で発音すると通じやすくなりますよ。
なぜ原題は「Rapunzel」ではなく「Tangled」になったのか
原作がグリム童話の『ラプンツェル』である以上、素直に考えれば英題は Rapunzel になるはずです。実際、企画段階ではそう呼ばれていました。ではなぜ変わったのでしょうか。
企画段階では『Rapunzel』の予定だった
この作品の企画は非常に長く、ウォルト・ディズニー・プロダクション時代の1940年代からラプンツェルの映画化が検討されていたと記録されています。直接の企画は1996年からグレン・キーンが温めていたもので、公開の14年前から動いていたことになります。2007年4月にはグレン・キーンとディーン・ウェリンズの監督で発表され、2008年10月に監督がバイロン・ハワードとネイサン・グレノに交代しました。
そして、この長い開発期間を通じて、作品は社内でもメディアでも一貫して『Rapunzel』と呼ばれていました。タイトルが Tangled に変更されたと報じられたのは2010年3月、公開のわずか8か月前のことです。
監督バイロン・ハワードの説明|「二人の物語」だと気づいたから
タイトル変更について、共同監督のバイロン・ハワードが記者向けのラウンドテーブル(2011年3月実施、Blu-ray発売にあわせたもの)で直接答えています。
When Nathan and I figured out that this film was really about two characters, Flynn and Rapunzel, we knew that changing the title would be a good idea. We like that Tangled as a title sounds smart and intriguing, while also relating to the tangle of plot, characters and emotion in the film.
要約すると、「ネイサンと私が、この映画は本当はフリンとラプンツェルという二人のキャラクターの物語だと気づいたとき、タイトルを変えるのは良い考えだと分かった。Tangled というタイトルは賢く興味を引く響きがあり、同時に作品の中にある筋立て・人物・感情のもつれとも呼応している」という内容です。
注目すべきは、監督が「髪」に一言も触れていないことです。挙げているのは plot(筋立て)、characters(人物)、emotion(感情)の3つ。つまり Tangled は、髪の描写を指した言葉ではなく、物語構造そのものを指した言葉として選ばれているわけです。
「もつれ」は髪のことだけではない
日本語の解説では「Tangled はラプンツェルの長い髪がもつれることを指している」と説明されることが多いのですが、監督の発言を踏まえるなら、これは含まれてはいるが全部ではないという理解が正確です。
実際、作品を見返すと「もつれ」は何重にもなっています。
- 髪のもつれ:21メートルの髪が木や柱に巻きつく、物理的なもつれ。
- 人物関係のもつれ:泥棒と囚われの少女、偽の母と本当の両親、宿敵だったはずの馬と泥棒。
- 感情のもつれ:塔を出た直後、解放感と罪悪感のあいだで揺れ動くラプンツェル。
- 筋立てのもつれ:王冠、ランタン、失われた王女という複数の糸が終盤でひとつに束ねられる構造。
前節で見たとおり、形容詞 tangled には「complicated, and not easy to understand(複雑で理解しにくい)」という語義が辞書レベルで存在します。つまり Tangled という英題は、辞書の①の意味(髪)と②の意味(関係・感情)を同時に成立させる、非常によくできた一語なのです。
経営側の説明|エド・キャットマルの「箱に入れられたくなかった」
一方で、経営判断としての説明も残っています。2010年3月にロサンゼルス・タイムズが報じた内容で、同日にNPRなど複数の媒体が引用しています。当時ディズニー/ピクサー・アニメーション・スタジオの社長だったエド・キャットマル(Ed Catmull)のコメントとして、次の発言が伝えられました。
We did not want to be put in a box. Some people might assume it's a fairy tale for girls when it's not.
「我々は箱に入れられたくなかった。実際はそうでないのに、女の子向けのおとぎ話だと思われてしまうかもしれない」という趣旨です。
前作『プリンセスと魔法のキス』という文脈
この判断の背景として広く報じられているのが、前作『プリンセスと魔法のキス』(原題 The Princess and the Frog、2009年)の興行成績です。作品評価は高かったものの、ディズニーが期待していた水準には届きませんでした。社内では、その原因のひとつがタイトルに入っている「Princess」という語が男子層を遠ざけたことにあると分析された、と報じられています。
そこで『ラプンツェル』では、男性キャラクターであるフリン・ライダーの比重を上げ、タイトルからも特定の少女の名前を外した——という流れです。
どこまでが確定でどこからが解釈か
ここで、情報の性格をはっきりさせておきます。読者の方が誤解しないために大事なところです。
- 確定:監督バイロン・ハワードが公の場で「二人の物語だと気づいたのでタイトル変更が良いと考えた」「plot・characters・emotion のもつれと呼応する」と説明している。
- 報道ベース:エド・キャットマルの「箱に入れられたくなかった」という発言、および「男子層に売るため」という文脈。これはロサンゼルス・タイムズの報道と、それを引用した各媒体によるものです。ディズニーが公式サイトで「こういう理由で変えました」と発表した文書は、本記事の調査では確認できませんでした。
- 解釈:「髪のもつれを指している」という説明。作品を見れば妥当ですが、制作側が明言した記録は見つかっていません。
「監督が言ったこと」「メディアが報じたこと」「ファンや解説者が読み取ったこと」は、それぞれ確からしさの階層が違います。ここを混ぜないのが、こういうテーマを扱ううえでの誠実さだと思っています。
邦題「塔の上のラプンツェル」はなぜ原題を使わなかったのか
もうひとつの謎がこちらです。英語圏がわざわざ Rapunzel を捨てたのに、日本はその捨てられたはずの「ラプンツェル」を拾い上げて、しかもタイトルの中心に据えた。これは相当に大胆な判断です。
まず前提|日本の配給の公式見解は確認できなかった
最初にお断りしておきます。邦題『塔の上のラプンツェル』がどのような経緯で決まったのかについて、ウォルト・ディズニー・ジャパンの公式見解は、本記事の調査では確認できませんでした。ディズニー公式サイトの作品ページ、Disney+公式ブログ、公開当時のニュースリリースのいずれにも、邦題決定の経緯を説明した記述は見つかりませんでした。
したがって以下は筆者の推測です。根拠は示しますが、「ディズニーがそう言っている」という話ではないことをご承知おきください。
推測1:日本では「ラプンツェル」の名前がすでに資産だった
英語圏で Rapunzel を外した理由が「女の子向けに見えるから」だったとすれば、日本ではその前提が成り立ちにくかったと考えられます。
日本において「ラプンツェル」は、まずグリム童話の登場人物として知られていました。長い髪を垂らして塔を上り下りする——という絵は、映画を見たことがない人でも思い浮かべられます。つまり日本市場では、「ラプンツェル」という名前そのものが「どういう話か一瞬で伝わる看板」として機能するわけです。
一方の Tangled には、日本ではそうした蓄積がまったくありません。ゼロから意味を説明しなければならないタイトルより、すでに通じる名前を使うほうが合理的、という判断はごく自然に思えます。
推測2:「タングルド」ではカタカナにしても意味が伝わらない
そもそも Tangled は、日本語に持ち込みにくい語です。
- 「タングルド」はカタカナ語として日本語に定着していない。
- 日本語に訳すと「もつれた」「絡まった」となり、映画のタイトルとしては魅力に欠ける(『もつれ』という邦題を想像してみてください)。
- 「もつれ」という語は日本語では否定的な響きが強く、ファミリー向けミュージカルの看板に向かない。
英題 Tangled の良さは、前述のとおり「髪」と「関係・感情」の二重の意味が一語で同時に立つところにあります。しかし日本語には、その二重性をそのまま引き受けられる短い単語がありません。翻訳で再現できない言葉遊びだったからこそ、訳すことをあきらめて別の設計にした、と考えるのが自然でしょう。
推測3:日本のディズニー邦題は「説明する」傾向がある
もうひとつ、日本のディズニー作品の邦題には、はっきりした傾向があります。原題が短く抽象的なとき、邦題は内容を説明する方向に伸びるという傾向です。
| 原題 | 邦題 | 邦題が足しているもの |
|---|---|---|
Tangled | 塔の上のラプンツェル | 主人公の名前+居場所 |
Frozen | アナと雪の女王 | 主人公の名前+関係 |
Coco | リメンバー・ミー | 劇中歌の題名 |
Ralph Breaks the Internet | シュガー・ラッシュ:オンライン | シリーズ名+舞台 |
Up | カールじいさんの空飛ぶ家 | 主人公+何が起きるか |
Inside Out | インサイド・ヘッド | 舞台が頭の中であること |
Moana | モアナと伝説の海 | 主人公+テーマ |
こうして並べると、日本の邦題は「タイトルを見ただけで、誰が出てきて何が起きるかが分かる」ことを重視しているのがよく分かります。『塔の上のラプンツェル』は、この方針の教科書のような例です。誰が(ラプンツェル)、どこにいて(塔の上)、それが物語の出発点である——タイトル9文字で全部言い切っています。
邦題と原題、どちらが作品を言い当てているか
面白いのは、両者が指しているものが物語の別の局面だという点です。
- 邦題『塔の上のラプンツェル』=物語の始まり。彼女が閉じ込められている状態を切り取っている。
- 原題
Tangled=物語の過程と構造。二人が出会い、関係が絡み合い、やがてほどけていく全体を指している。
邦題は「入り口」を、原題は「道のり」を名づけているわけです。どちらかが正しいのではなく、同じ映画の別の断面に名前を付けていると考えると、両方のタイトルがぐっと味わい深くなります。ちなみに、後で見るイタリア語版のタイトルは、この2つを両方入れる欲張りな解決をしています。
Rapunzel という名前の由来は「野菜」だった
ここでもうひとつ、英語タイトルを調べていると必ずぶつかる話をしておきます。そもそも「ラプンツェル」とは何を意味する言葉なのか、という問題です。
グリム童話『ラプンツェル』での名前の付き方
原作はグリム童話(KHM 12)の「Rapunzel」です。1812年の『子どもと家庭のメルヒェン集』初版に収録され、1857年の第7版にも収められています。
物語の始まりはこうです。子どもを望んでいた夫婦の家の裏に、魔女の庭がありました。妻はその庭に植わっていた rapunzel という植物を見て、どうしても食べたくなり、食べられなければ死んでしまうというほど思いつめます。夫は塀を越えて rapunzel を摘み、妻はそれでサラダを作って食べました。二度目に忍び込んだところで魔女に見つかり、「生まれてくる子を渡せ」という条件を突きつけられる——という展開です。
そして子どもが生まれると、魔女はその子に「ラプンツェル」と名付けます。
お分かりでしょうか。Rapunzel は人名として作られた名前ではなく、母親が食べたがった植物の名前がそのまま娘に付けられたものなのです。日本語で言えば「セリ」や「ミツバ」と名付けたようなものですね。
ドイツ語 Rapunzel はサラダに使う植物の名前
では Rapunzel はどんな植物なのでしょうか。実は、ドイツ語の Rapunzel は複数の植物を指す語で、資料によって当てている種が違います。
- ノヂシャ(
Valerianella locusta、英語 lamb's lettuce / corn salad、ドイツ語では Feldsalat とも) - ラプンツェルソウ/ホタルブクロの仲間(
Campanula rapunculus、英語 rampion) - キキョウ科の Phyteuma spicatum(spiked rampion)
グリム童話の英訳を長年手がけているD. L. アシュリマン(ピッツバーグ大学)の訳注も、「ドイツ語の Rapunzel は rampion、field salad、corn salad、lamb's lettuce などさまざまに定義される」と、一つに絞らない形で注記しています。
いずれにしても共通しているのは、葉や根をサラダにして食べる野菜だという点です。物語で「妻がサラダを作って食べた」という描写があるのも、これで筋が通ります。
英語では rampion、フランス語では raiponce
この植物の英語名が rampion です。Merriam-Webster は「a European bellflower (Campanula rapunculus) having an edible tuberous root used with the leaves as a salad」——ヨーロッパ産のホタルブクロ属の植物で、食用の塊根を葉とともにサラダにする——と定義しています。
そして語源欄がとても面白いんです。rampion は中期フランス語の raiponce から来ており、その先は古イタリア語 raponzo、さらに遡るとラテン語の rapa(カブ)にたどり着きます。ドイツ語の Rapunzel も同じくイタリア語 raponzolo 経由でラテン語 rapa に遡るとされており、英・独・仏・伊の語がすべて「カブ」という一点から枝分かれしているわけです。
だからフランス語版のタイトルは『Raiponce』になる
ここで話がつながります。フランス語版の『塔の上のラプンツェル』のタイトルは Raiponce です。Disney+のフランス版で確認できます。
これは単に「Rapunzel をフランス語風に綴り直した」ものではありません。raiponce はフランス語で今も使われている植物名そのものであり、ドイツ語 Rapunzel の直接の子孫にあたる語です。
つまりフランス語版のタイトルは、グリム童話が「野菜の名前を娘に付けた」という原点を、そのまま自国語で再現していることになります。「Rapunzel をそのまま使わなかった」のではなく、「Rapunzel を最も正確に翻訳した」のがフランス語版だ、という見方もできるわけです。ちょっと感動しませんか。
英語での発音は「ラプンツェル」ではない
日本語の「ラプンツェル」は、ドイツ語の発音(おおよそ「ラプンツェル」に近い音)を写したものです。しかし英語では違う音になります。
英語での発音記号は /ɹəˈpʌnzəl/。カタカナで無理に書けば「ラパンゼル」に近い音です。
- 第1音節の
Ra-は弱く曖昧に(/ɹə/)。 - 強勢は第2音節
-pun-にあり、母音は /ʌ/(「ア」に近い音)。 -zelのzは濁った音で、「ツェ」ではなく「ゼ」。
つまり日本語の「ラプンツェル」を英語圏でそのまま言っても、通じないことがあります。特に「ツ」の音が英語話者にとって想定外なので、Rapunzel だと認識してもらえない場合があるんです。英語音声で作品を見ると、劇中でこの名前が呼ばれるたびに「ラパンゼル」と聞こえるはずなので、耳で確認してみてください。
なお、ドイツ語では /ʁaˈpʊnt͡sl̩/ で「ツ」の音があります。日本語のカタカナ表記はドイツ語寄り、実際の映画の英語音声は英語式、という二重構造になっているわけですね。
原作グリム童話とディズニー版の主な違い
名前の由来まで来たので、原作との違いも整理しておきます。英語版を見るときの理解が変わります。
| 項目 | グリム童話『Rapunzel』 | ディズニー『Tangled』 |
|---|---|---|
| 相手役 | 名もない王子 | 大泥棒フリン・ライダー(本名ユージーン・フィッツハーバート) |
| ラプンツェルの出自 | 普通の夫婦の子 | 王国の王女 |
| 髪の力 | 特になし(はしご代わり) | 傷を癒やし若さを保つ魔法の力 |
| 塔に入れられた理由 | 親が植物と引き換えに約束した | 髪の力を独占するために誘拐された |
| 敵役 | 魔女(Frau Gothel) | ゴーテル(魔女ではなく、魔法の髪に依存する人間) |
| 終盤 | 王子は塔から落ちて失明し、涙で回復 | フリンが命を落としかけ、涙で回復 |
「涙が奇跡を起こす」という骨格は原作から受け継がれているのが分かります。監督のネイサン・グレノも「原作の象徴的な要素はすべて残しつつ、現代の観客向けに更新した」と語っています。物語の大枠は残し、受け身だったヒロインを能動的にした——という改変の方向性が、Rapunzel から Tangled へのタイトル変更とちょうど対応しているわけですね。
作品に登場するキャラクターの英語名と日本語名の対応は、キャラクターの英語名をまとめた記事でくわしく整理しています。
続編・シリーズの英語タイトル一覧
『塔の上のラプンツェル』には、短編・TV映画・TVシリーズと複数の関連作品があります。ここではすべてDisney+の作品ページで英語版・日本語版の両方を確認しました。
シリーズ全体の英題・邦題対応表
| 種別 | 英語タイトル | 日本語タイトル | 公開・放送 |
|---|---|---|---|
| 長編映画 | Tangled | 塔の上のラプンツェル | 2010年 |
| 短編映画 | Tangled Ever After | ラプンツェルのウェディング | 2012年 |
| TV映画 | Tangled: Before Ever After | ラプンツェル あたらしい冒険 | 2017年 |
| TVシリーズ | Tangled: The Series(第1期)/Rapunzel's Tangled Adventure(第2期以降) | ラプンツェル ザ・シリーズ | 2017〜2020年 |
| ショートシリーズ | Tangled: The Series - Short Cuts | ラプンツェル コロナ王国のひとコマ | 2017年〜 |
| 実写映画 | 未発表 | 『塔の上のラプンツェル(仮題)』 | 未定 |
「本編の英題を軸に、副題で位置づけを足していく」という設計がきれいに見えます。日本語版はいずれも「ラプンツェル」を軸にしていて、こちらも一貫していますね。
Tangled Ever After=『ラプンツェルのウェディング』
2012年公開の短編で、英題は Tangled Ever After。日本語タイトルは『ラプンツェルのウェディング』です。
英題の Ever After は、おとぎ話の定型句 happily ever after(それからずっと幸せに暮らしました)からの引用です。日本語の「めでたしめでたし」に相当する、英語圏の物語の結びの言葉ですね。
つまり Tangled Ever After は、直訳すれば「もつれたまま、その後ずっと」。「幸せに」であるべきところを「もつれて」に置き換えた言葉遊びになっているわけです。実際この短編は、結婚指輪を紛失したパスカルとマキシマスが式の裏で大騒動を起こす話なので、内容とも完璧に合っています。
日本語の『ラプンツェルのウェディング』は、この言葉遊びを再現するのではなく「結婚式の話だ」と直球で伝える方向を選んでいます。本編の邦題と同じ設計思想ですね。
Tangled: Before Ever After=『ラプンツェル あたらしい冒険』
2017年のディズニー・チャンネル・オリジナル・ムービーで、英題は Tangled: Before Ever After。日本語タイトルは『ラプンツェル あたらしい冒険』です。
こちらも ever after を使っていますが、今度は前に Before が付いています。「めでたしめでたしの、その前」——つまり短編『Tangled Ever After』(結婚式)よりも前の時期を描く作品だということを、タイトルだけで示しているわけです。英語圏の観客なら、タイトルを見ただけで時系列上の位置が分かる仕組みになっています。
物語としては、本編の6か月後。王宮暮らしに馴染めないラプンツェルが、戴冠式の前夜に城を抜け出し、不思議な岩に触れたことで金色の長い髪が復活してしまう、という導入です。
なお、Disney+の英語版ページでは表示が Tangled Before Ever After とコロンなしになっている場合があります。正式表記はコロンありの Tangled: Before Ever After です。
Tangled: The Series が Rapunzel's Tangled Adventure に変わった
ここがいちばんややこしいポイントです。TVシリーズは、放送途中で英題が変わりました。
- 第1期:
Tangled: The Series - 第2期以降:
Rapunzel's Tangled Adventure
つまり、いったん捨てたはずの Rapunzel という語が、7年越しでタイトルに戻ってきたことになります。現在Disney+の英語版で表示されているのも Rapunzel's Tangled Adventure のほうです。
一方、日本語タイトルは全期間を通じて『ラプンツェル ザ・シリーズ』のまま変わっていません。日本ではもともと「ラプンツェル」を前面に出していたので、英語圏で起きた「名前を戻す」という変更に対応する必要がなかった、というわけです。
これは英題と邦題の関係を考えるうえでとても示唆的です。英語圏は「Rapunzel を外す→戻す」という往復をしたのに対し、日本は最初から最後まで「ラプンツェル」で通した。結果として、シリーズ全体の呼び名としては日本語版のほうが一貫している、という逆転が起きています。
Short Cuts=『ラプンツェル コロナ王国のひとコマ』
TVシリーズのスピンオフとなるショートアニメシリーズで、英題は Tangled: The Series - Short Cuts。日本語タイトルは『ラプンツェル コロナ王国のひとコマ』です。
short cut は「近道」と「短く切ること」の両方を意味しますが、ここでは「短編(short)」と「髪を切る(cut)」をかけたダジャレになっています。ラプンツェル作品でヘアカットは物語の核心ですから、これ以上ないタイトルですね。日本語の「ひとコマ」も、短い日常のスケッチという内容をうまく表しています。
実写版は英題も正式邦題も未発表(2026年8月時点)
現在、実写版の映画が企画されています。ディズニー日本公式は2026年1月8日に、ラプンツェル役にティーガン・クロフト、フリン・ライダー役にマイロ・マンハイム、監督にマイケル・グレイシー(『グレイテスト・ショーマン』)というメインキャストを発表しました。
ただし、この発表時点で公式が使っている日本語表記は『塔の上のラプンツェル(仮題)』であり、正式な邦題も英題も発表されていません。本記事執筆時点(2026年8月)で、公開日も未定です。
アニメ版が Tangled だったからといって実写版も Tangled になるとは限りませんし、逆に近年の実写リメイクは原題を踏襲する例が多いのも事実です。現時点でどちらかを断定して書いている情報は、根拠がないか推測であると考えたほうが安全でしょう。今後の続報を待ちたいところです。
世界各国のタイトル|Disney+で確認できた範囲
続編の英題を見てきましたが、実は「タイトルをどう訳すか」で各国が悩んだ形跡が、はっきり残っています。ここではDisney+の各国版の作品ページで実際に確認できたタイトルを掲載します。
なお、以下は全世界を網羅したものではありません。Disney+がサービスを提供していない国や、同じ作品IDでページを取得できなかった地域は含まれていません。あくまで「確認できた範囲」としてご覧ください。
各国版タイトル一覧(2026年8月時点で確認)
| 言語・地域 | タイトル | おおよその意味 |
|---|---|---|
| 英語(米国) | Tangled | もつれた |
| 日本語 | 塔の上のラプンツェル | 塔の上のラプンツェル |
| ドイツ語 | Rapunzel: Neu Verföhnt | ラプンツェル 新しくブローされて |
| フランス語 | Raiponce | ラプンツェル(=植物名) |
| スペイン語(スペイン) | Enredados | もつれた者たち |
| ポルトガル語(ブラジル) | Enrolados | 巻き込まれた者たち |
| イタリア語 | Rapunzel - L'intreccio della torre | ラプンツェル 塔のもつれ |
| スウェーデン語 | Trassel | もつれ |
| ポーランド語 | Zaplątani | 絡まった者たち |
| オランダ語 | Rapunzel | ラプンツェル |
| トルコ語 | Rapunzel | ラプンツェル |
| 韓国語 | 라푼젤 | ラプンツェル |
| 中国語(繁体) | 魔髮奇緣 | 魔法の髪の不思議な縁 |
| チェコ語 | Na vlásku | 髪一本の差で(慣用句) |
| ハンガリー語 | Aranyhaj és a nagy gubanc | 金髪と大きなもつれ |
| ギリシャ語 | Μαλλιά Κουβάρια | 髪が毛玉に(慣用句) |
| ルーマニア語 | O poveste încâlcită | もつれた物語 |
| デンマーク語 | To på flugt: Et hårrejsende eventyr | 逃亡中の二人:身の毛もよだつ冒険 |
| ノルウェー語 | To på rømmen | 逃走中の二人 |
| フィンランド語 | Kaksin karkuteillä - hiuksia nostattava seikkailu | 二人で逃走中:髪が逆立つ冒険 |
名前を残した国、もつれに置き換えた国
眺めてみると、世界のタイトルは大きく3つの方針に分かれているのが分かります。
- A:主人公の名前を残す——フランス、オランダ、トルコ、韓国、ドイツ、イタリア、日本。
- B:原題の「もつれ」を自国語に訳す——スペイン、ブラジル、スウェーデン、ポーランド、ルーマニア。
- C:内容を説明する別のタイトルを作る——デンマーク、ノルウェー、フィンランド、中国語圏、チェコ、ギリシャ。
ここで面白いのは、英語圏が「名前を外した」判断に、必ずしも他国が追随していないことです。ヨーロッパの多くの国では「Rapunzel」がグリム童話の名前として深く根づいているので、日本と同じく「名前が資産である」状況だったのだと考えられます。
ドイツ語 Rapunzel: Neu Verföhnt は言葉遊び
各国のタイトルの中でも、ドイツ語版はとりわけ凝っています。
Rapunzel: Neu Verföhnt の verföhnt は、辞書に載っている普通の単語ではありません。「ドライヤーで髪を乾かす」を意味する föhnen(ドイツ語で Föhn はヘアドライヤー)から作られた造語です。同時に、「新しく映画化された」を意味する neu verfilmt という定型句の響きにもかけていると読めます。
つまり Neu Verföhnt は「新しくブローし直しました」と「新しく映画化しました」を一語で言っている、かなり高度なダジャレなんですね。原作の国であるドイツが、原題 Tangled の言葉遊びの精神を、まったく別の形で自国語に再現した例だと言えます。
北欧は「二人の逃避行」路線
デンマーク・ノルウェー・フィンランドの3か国が、そろって「二人(To / Kaksin)」を前に出しているのも興味深いところです。ノルウェー語の To på rømmen は「逃走中の二人」、デンマーク語は「逃亡中の二人:身の毛もよだつ冒険」、フィンランド語も「二人で逃走中:髪が逆立つ冒険」。
これは監督が語っていた「この映画は本当は二人のキャラクターの物語だ」という認識と、まったく同じところに着地しています。北欧のタイトルは、英題 Tangled が言葉遊びで表現したことを、内容の要約として直接言っているわけですね。
なお、デンマーク語の hårrejsende とフィンランド語の hiuksia nostattava はどちらも「髪が逆立つほど(=ぞっとする、はらはらする)」という慣用表現で、そこに「髪」の語が入っているのがミソです。慣用句と作品内容がたまたま重なるところを狙ってきています。
イタリア語版は日本の邦題といちばん近い
Rapunzel - L'intreccio della torre は「ラプンツェル 塔のもつれ」。主人公の名前と「もつれ」と「塔」を全部入れた、いわば全部乗せのタイトルです。
intreccio はイタリア語で「絡み合い」を指すと同時に、文学・演劇の用語で「筋立て(プロット)」を意味します。つまり L'intreccio della torre は「塔の絡まり」であると同時に「塔の物語」でもある。英題 Tangled の二重性を、イタリア語なりのやり方で保存しているわけです。
そのうえで「塔」を入れているので、日本の『塔の上のラプンツェル』にいちばん発想が近いタイトルとも言えます。名前と場所を明示するという点で、日本とイタリアはよく似た判断をしたことになりますね。
日本の邦題を世界地図の中に置いてみる
こうして並べると、『塔の上のラプンツェル』という邦題は、決して「原題を無視した勝手な意訳」ではないことが見えてきます。
- 名前を残す判断は、フランス・ドイツ・イタリア・韓国など多数派。
- 内容を説明する副題を足す判断は、北欧・イタリア・ハンガリーと共通。
- 「名前+場所」という組み合わせは、イタリア語版とほぼ同じ発想。
世界のタイトルを見渡すと、むしろ英語版の Tangled のほうが少数派の思い切った判断だった、という構図が浮かび上がります。日本の邦題は、世界標準の真ん中あたりに位置していたわけですね。
劇中歌の英語タイトルも邦題と別物
タイトルの話をしてきたので、劇中歌についても触れておきます。実は曲名も、邦題と英題で大きく違います。
曲名の英題・邦題対応表
| 英語の曲名 | 日本語の曲名 | 歌う場面 |
|---|---|---|
When Will My Life Begin? | 自由への扉 | 塔の中でのラプンツェルの日常 |
Mother Knows Best | お母様はあなたの味方 | ゴーテルがラプンツェルを引き止める |
I've Got a Dream | 誰にでも夢はある | 酒場の荒くれ者たちとの合唱 |
I See the Light | 輝く未来 | ランタンに包まれる場面 |
Healing Incantation | 魔法の花 | 髪の力を発動させるとき |
Kingdom Dance | 王国でダンス | 城下町での場面 |
曲名の付け方にも同じ発想が出ている
たとえば When Will My Life Begin? は直訳すれば「私の人生はいつ始まるの?」。塔の中で「まだ何も始まっていない」と感じている少女の焦りが、そのまま疑問文になっているタイトルです。一方の邦題「自由への扉」は、これから開かれる出口のほうを指しています。
I See the Light も同じ構図です。英題は「光が見える」という、その瞬間の知覚を切り取った現在形。邦題「輝く未来」は、その先にあるものを名づけています。
つまり英語の曲名は「今この瞬間の心の動き」を、日本語の曲名は「その先にあるもの」を指す傾向があるわけです。作品タイトルで見た「原題は過程、邦題は状況・結果」という関係が、曲名レベルでも繰り返されているのは面白いですよね。
劇中歌それぞれの英語表現については、劇中歌の英語をまとめた記事でくわしく扱っています。
Disney+なら日本のアカウントのまま英語音声・英語字幕で見られる
ここまで英語タイトルの話をしてきましたが、実際に英語版を見てみるのがいちばん早い理解の近道です。
VPNも海外アカウントも不要
『塔の上のラプンツェル』はDisney+で配信されており、日本のアカウントのまま英語音声・英語字幕に切り替えて視聴できます。VPNも海外アカウントも必要ありません。
これは日本のアニメ作品と大きく違うところです。日本のアニメの英語吹替版を見ようとすると、海外のサービスに接続する必要がある場合が多いのですが、ディズニー作品はもともと英語で作られた作品なので、日本のDisney+にも英語音声トラックがそのまま入っています。
なお、作品や配信時期によって例外はありうるので、視聴前に再生画面で言語メニューを確認しておくと確実です。
切り替えの基本手順
手順はとてもシンプルです。
- Disney+で『塔の上のラプンツェル』を再生する。
- 再生画面の設定メニュー(歯車や吹き出しのアイコン)を開く。
- 音声を English、字幕を English に切り替える。
- そのまま再生する。
たったこれだけです。日本語音声+日本語字幕、英語音声+日本語字幕、英語音声+英語字幕と、目的に応じて自由に組み合わせられるので、同じ作品を段階的に難しくしていくという使い方ができます。
視聴方法のより詳しい手順や他の視聴手段との比較は、英語音声・英語字幕で見る方法をまとめた記事で整理しています。
原題を知ってから英語で見ると何が変わるか
原題の意味を知ってから英語版を見返すと、体験がはっきり変わります。私自身、この作品を英語で見直したときにいちばん面白かったのは、「もつれ」が場面ごとに違う形で顔を出すことに気づけたことでした。
- 塔の中で、ラプンツェルが自分の髪を柱に巻きつける物理的な「もつれ」。
- フリンが自分の嘘に絡めとられていく「もつれ」。
- ゴーテルが作り上げた偽の母子関係という「もつれ」。
- 終盤、髪が切られてすべてが一気にほどける瞬間。
タイトルが一語だからこそ、その一語がどこに効いているかを探す見方ができるわけです。英語字幕を出しておくと、登場人物のセリフの中に tangle の語族が実際に出てくる場面もあるので、耳と目の両方で確認できますよ。
まだDisney+に加入していない方は、Disney+の公式ページから作品ラインナップを確認してみてください。ディズニー作品は発音が明瞭で、歌でリズムごと覚えられるので、英語学習の教材としてはかなり優秀です。
英語タイトルを入り口にした英語学習法
最後に、筆者が実際にやってきた学習法を紹介します。私は留学経験がなく、TOEIC990点・VERSANT76点(80点満点中)を、こうした「好きな作品を英語で見る」やり方の積み重ねで取りました。
「好きな作品だから英語に集中できる」
いちばん大事なのはここです。すでに話を知っている作品なら、「何が起きているか」を追う負荷がゼロになるので、頭のリソースを全部「どう言っているか」に振り向けられます。
初見の海外ドラマを英語字幕で見ると、話を追うだけで精一杯になって英語が頭に入りません。でも『塔の上のラプンツェル』のように何度も見た作品なら、「この場面でこう言うのか」という発見だけを拾っていけます。「勉強するぞ」と身構える必要がないのが、この方法の最大の利点です。
タイトルの1単語から語彙を広げる
この記事でやったことが、そのまま学習法になります。作品タイトルに使われている単語を1つ選んで、辞書で語族ごと調べるというやり方です。
Tangled なら、tangle(動詞・名詞)→ tangled(形容詞)→ entangle / untangle / disentangle → get tangled up in / tangle with と、この記事だけで7〜8語が芋づる式に出てきました。作品への愛着がある単語は、単語帳の単語より圧倒的に定着します。
英和辞典ではなく、Merriam-WebsterやOxford Learner'sのような英英辞典を使うのがおすすめです。例文とコロケーション欄がそのまま使える表現集になります。
スクリプト×AI活用法
もうひとつ実践してきたのが、スクリプトとAIの組み合わせです。
- 検索エンジンで「
Tangledscript」のように英語タイトル+scriptで検索し、英語のセリフ一覧を探す。 - 気になったセリフをコピーする。
- ChatGPTなどのAIに「このセリフのニュアンスと文法を解説して」と投げる。
英語タイトルを知っていることが、そのままこの検索の入り口になるわけです。邦題で検索しても英語のスクリプトは出てきません。「英語タイトルを調べる」という行為には、こういう実用的な意味もあります。
作品に出てくる使える表現は、作品の英語フレーズをまとめた記事でも紹介しています。
ダウンロード×反復再生
Disney+のダウンロード機能を使って、スマートフォンに作品を入れておくのもおすすめです。通勤・通学中に同じ場面を繰り返し流すだけで、耳が英語のリズムに慣れていきます。
ディズニー作品は歌が多いので、歌のパートは特に反復に向いています。メロディがあると記憶に残りやすく、歌詞のフレーズがそのまま口から出てくるようになるんです。「勉強時間」を確保しなくても、移動時間だけで積み上がっていくのがこの方法の良いところです。
塔の上のラプンツェルの英語タイトルに関するよくある質問
塔の上のラプンツェルの英語タイトルは何ですか?
Tangled です。副題はなく、この一語だけが正式な英題です。日本のディズニー公式サイトやDisney+のURLにも tangled という文字列が使われています。
Tangled はどういう意味ですか?
形容詞で「絡まった、もつれた」という意味です。Oxford Advanced Learner's Dictionary は、物理的に「乱雑に絡み合っている」という意味に加えて、「複雑で理解しにくい」という比喩的な意味も載せています。作品タイトルとしては、髪だけでなく人物関係や感情のもつれも指していると考えられます。
なぜ原題が Rapunzel ではないのですか?
企画段階では『Rapunzel』でしたが、公開前にタイトルが変更されました。共同監督のバイロン・ハワードは「この映画がフリンとラプンツェルという二人の物語だと気づいたから」「Tangled は筋立て・人物・感情のもつれとも呼応するから」と説明しています。また当時の報道では、前作『プリンセスと魔法のキス』を踏まえ「女の子向けの作品だと思われたくなかった」という経営判断も伝えられています。
邦題「塔の上のラプンツェル」は誰が決めたのですか?
日本の配給による公式見解は、本記事の調査では確認できませんでした。日本では「ラプンツェル」がグリム童話の名前として広く知られていたこと、Tangled をカタカナ化しても意味が伝わらないこと、日本のディズニー邦題に「内容を説明する」傾向があることから、これらが背景にあると推測されますが、確定情報ではありません。
続編やTVシリーズの英題は?
短編が Tangled Ever After(ラプンツェルのウェディング)、TV映画が Tangled: Before Ever After(ラプンツェル あたらしい冒険)、TVシリーズが Tangled: The Series(第2期以降は Rapunzel's Tangled Adventure。邦題はいずれも「ラプンツェル ザ・シリーズ」)、ショートシリーズが Tangled: The Series - Short Cuts(ラプンツェル コロナ王国のひとコマ)です。
Rapunzel の英語の読み方は?
英語では /ɹəˈpʌnzəl/ で、カタカナに近づけると「ラパンゼル」のような音になります。強勢が第2音節にあり、-zel は「ツェ」ではなく「ゼ」の音です。日本語の「ラプンツェル」はドイツ語の発音に近い表記なので、英語圏でそのまま言っても通じないことがあります。
実写版のタイトルは決まっていますか?
2026年8月時点では未発表です。ディズニー日本公式は2026年1月にキャストを発表しましたが、表記は『塔の上のラプンツェル(仮題)』のままで、英題も正式な邦題も、公開日も明らかにされていません。
まとめ|Tangled と『塔の上のラプンツェル』が指しているもの
最後に、この記事で確認したことを整理します。
- 英語タイトルは
Tangled。邦題『塔の上のラプンツェル』とは一文字も重ならない。 tangledは「絡まった」だけでなく、「複雑で理解しにくい」という比喩的な意味を辞書レベルで持つ形容詞。- 監督バイロン・ハワードは、タイトル変更の理由を「二人の物語だと気づいたから」「筋立て・人物・感情のもつれと呼応するから」と説明している。髪だけの話ではない。
- 経営判断としては「女の子向けと思われたくなかった」という報道があるが、これは公式発表ではなく報道ベース。
- 邦題の決定経緯について、日本の配給の公式見解は確認できなかった。記事内の3つの説明はいずれも筆者の推測。
Rapunzelはもともとサラダにする植物の名前で、フランス語版タイトルRaiponceはその植物名そのもの。- 続編・シリーズは
Tangled Ever After/Tangled: Before Ever After/Rapunzel's Tangled Adventure/Tangled: The Series - Short Cutsと、原題を軸に展開している。 - 各国のタイトルは「名前を残す」「もつれを訳す」「内容を説明する」の3方針に分かれ、日本の邦題はむしろ世界標準寄りだった。
英語タイトルを知ることは、その作品を作った人たちが「この物語を一言で言うと何か」と考えた痕跡をたどることでもあります。『塔の上のラプンツェル』は、日本と英語圏でその答えが正反対だったからこそ、比べる価値のある作品だと思います。
作品全体を英語で楽しむための情報は、『塔の上のラプンツェル』を英語で楽しむ完全ガイドにまとめています。英語のセリフや名言に興味がある方は、英語の名言・セリフをまとめた記事もあわせてどうぞ。
アニメや映画を使った英語学習の全体像については、英語×アニメで学ぶ完全ガイドでくわしく解説しています。
原題の意味を知ってから見る『Tangled』は、たぶん今まで見ていた『塔の上のラプンツェル』とは少し違う映画に見えるはずです。ぜひ英語音声・英語字幕で確かめてみてください。